2007年02月16日
草花の名前
今日は、厳寒期を過ぎて、もうすっかり春が、腰を下ろしているような日差しです。
森をぬけた場所に広がる草原には、パステルカラーの可憐な草花達が、
春の風にのせる綿毛の種をこしらえながら、わずかな瞬間だけ、彩を敷き詰めています。

キク科の帰化植物で、ダンドボロギクの変種・ウシノタケダグサの名前は、
妙な語呂の良さで、なんとなく覚えてしまいましたが、
その丈の高さでしょうか?それとも黒っぽい茎が牛を連想させたのでしょうか。



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森をぬけた場所に広がる草原には、パステルカラーの可憐な草花達が、
春の風にのせる綿毛の種をこしらえながら、わずかな瞬間だけ、彩を敷き詰めています。

キク科の帰化植物で、ダンドボロギクの変種・ウシノタケダグサの名前は、
妙な語呂の良さで、なんとなく覚えてしまいましたが、
その丈の高さでしょうか?それとも黒っぽい茎が牛を連想させたのでしょうか。

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ピンク色をしたウスベニニガナは、キク科の一年草で、
アジア、アフリカの熱帯から亜熱帯に広く分布している帰化植物です。
冬から春先までは、よく目にしますが、この島では、ほぼ一年中咲いています。
小さなつぼんだ形の花ですが、その明度の高い赤紫色は、遠くからでもハッ
とするくらい
チャーミングな色をしています。

その色を、命名者は桃色ではなく薄い紅色と表現し、
その葉が、食用としていた苦菜(ニガナ)に似ていたことからこの名がつけられたようです。
こうして、小さな草花を楽しみながら草原を歩くと、服には、いろいろな種がくっついてきます。
その小さな種がくっつく様が、当時の人々を悩ませていた虱(シラミ)という寄生虫を
連想させたことから、藪に生えるセリ科の小さな白い花をヤブジラミと命名したようです。
この小さなヤブジラミの清楚な可憐さに気づいた人の多くが、
この名前を知って、シラミに対する嫌悪感から「かわいそうだ
」という感想を漏らしています。

まるで、しおれてしまったのかと思うくらい、うなだれた姿をしているのは、ベニバナボロギク
花を下向きに咲かせるのは、何か訳があるのでしょうか、茎は意思を持ったようにしっかりと
U字カーブを描いて見掛けよりもしなやかで瑞々しいのです
。
その花の色が紅色をしていて、綿毛がぼろ布のようだと、その名が付いたと言われていますが、
この花の名前にも、あまりにも情緒が無いという感想を良く聞きます。
でも、私は、なんとなくこうした名前に、差別的だという意味合いではなく
当時の世相やユーモアが反映されているような気がして
全てを、今の感覚に置き換えて付け直す必要は無いのではないかと想う気がします。
久米島では、この花にクワガタムシが蜜を吸うために飛んでくる
と言う話を
聴いたことがあります。

その話をしてくれたのは、島の30代の男性ですが、
面白いことに、彼が話してくれる数々の花にまつわる思い出には、どちらかと言えば
虫やトカゲや鳥達がメインで語られます。
私や、他の女性達は、小さな花そのものの姿や色の魅力に直接的に惹きつけられるのですが、
関心のある人は、他の生きもの達の食草としての花の間接的な魅力も、けっして見逃しません。
「この花は、あの虫が好きなんだよね
。」と、季節ごとの花の魅力に、もう一味、
深みを捉えて楽しむことを教えてくれます。
そのうえ、島のお年寄り達からは、「この草はサゲグスイ(解毒剤)になるし、
あれは、和え物やてんぷらにしたら、上等なおかずになる。」と、
思いもかけない食用
や薬効についての医食同源の知識までも授かることが出来ます。
今、こうして花の名前に照らし合わせながら、一つ一つの小さな草花にまつわる
それぞれの想いを語ることが出来るのは、長い時間をかけて、
その特徴や違いを分析して分類しながら名前を付けてこられた学識者の功績の大きさだと、
折に付け、感嘆の想いが湧き上がります。
私達の身の回りには、沢山の物質が溢れています。

カッコウアザミ
人間が作り出した様々な製品には、そのときに名前を付けることが出来ますが、
私達が存在する以前からこの地球上に存在していた、生きもの達の過去から現在までの
変化を辿りながら解明してゆく苦労は、想像以上に大変な作業
だと思います。
多くの人は、その行為を「好きだからできること」という一言で、その功績に目を向けることは、
あまり無いかもしれませんし、一部には、売名行為や不当な名誉欲によって歪んでしまった
学識者の行為に、裏切られた想いを抱く事もあるかも知れません
。
おまけに地球上では「名前」があっても既に絶滅し、名前しか残っていない生きもの達と
その「名前」を付ける間もなく絶滅してゆく生きもの達とが混在していることも現実です
。
それでも、こうして多くの人が、「名前」によって様々な活用が出来ることを考えるとき
その苦労は、「好きだから」以上の「多くの人のために役立てたい」という理念がなければ、
引き継がれてゆくことは無いと信じているのです。
この小さな草花達のように、主張することも無く、ただ黙々と、生存することの積み重ねが
つながり合う生態系をつくり出しているように、
こうして私の手元で開かれる図鑑
の一枚一枚が、
多くの人々へと知識を繋げて、もしかしたら、そこから新たな発想や自然への理解を深め
地球環境を保全することの本質へと導いてくれるかもしれません
。

カタバミ
「名前」は、そのように多くのことを導き出すことの「核」になる大切なもの
そして、そのための果てしない作業には、素直な感謝の想いを抱かずにはいられないのです
。



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アジア、アフリカの熱帯から亜熱帯に広く分布している帰化植物です。
冬から春先までは、よく目にしますが、この島では、ほぼ一年中咲いています。
小さなつぼんだ形の花ですが、その明度の高い赤紫色は、遠くからでもハッ
とするくらいチャーミングな色をしています。

その色を、命名者は桃色ではなく薄い紅色と表現し、
その葉が、食用としていた苦菜(ニガナ)に似ていたことからこの名がつけられたようです。
こうして、小さな草花を楽しみながら草原を歩くと、服には、いろいろな種がくっついてきます。
その小さな種がくっつく様が、当時の人々を悩ませていた虱(シラミ)という寄生虫を
連想させたことから、藪に生えるセリ科の小さな白い花をヤブジラミと命名したようです。
この小さなヤブジラミの清楚な可憐さに気づいた人の多くが、
この名前を知って、シラミに対する嫌悪感から「かわいそうだ
」という感想を漏らしています。
まるで、しおれてしまったのかと思うくらい、うなだれた姿をしているのは、ベニバナボロギク
花を下向きに咲かせるのは、何か訳があるのでしょうか、茎は意思を持ったようにしっかりと
U字カーブを描いて見掛けよりもしなやかで瑞々しいのです
。その花の色が紅色をしていて、綿毛がぼろ布のようだと、その名が付いたと言われていますが、
この花の名前にも、あまりにも情緒が無いという感想を良く聞きます。
でも、私は、なんとなくこうした名前に、差別的だという意味合いではなく
当時の世相やユーモアが反映されているような気がして
全てを、今の感覚に置き換えて付け直す必要は無いのではないかと想う気がします。
久米島では、この花にクワガタムシが蜜を吸うために飛んでくる
と言う話を聴いたことがあります。

その話をしてくれたのは、島の30代の男性ですが、
面白いことに、彼が話してくれる数々の花にまつわる思い出には、どちらかと言えば
虫やトカゲや鳥達がメインで語られます。

私や、他の女性達は、小さな花そのものの姿や色の魅力に直接的に惹きつけられるのですが、
関心のある人は、他の生きもの達の食草としての花の間接的な魅力も、けっして見逃しません。
「この花は、あの虫が好きなんだよね
。」と、季節ごとの花の魅力に、もう一味、深みを捉えて楽しむことを教えてくれます。
そのうえ、島のお年寄り達からは、「この草はサゲグスイ(解毒剤)になるし、
あれは、和え物やてんぷらにしたら、上等なおかずになる。」と、
思いもかけない食用
や薬効についての医食同源の知識までも授かることが出来ます。今、こうして花の名前に照らし合わせながら、一つ一つの小さな草花にまつわる
それぞれの想いを語ることが出来るのは、長い時間をかけて、
その特徴や違いを分析して分類しながら名前を付けてこられた学識者の功績の大きさだと、
折に付け、感嘆の想いが湧き上がります。

私達の身の回りには、沢山の物質が溢れています。

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人間が作り出した様々な製品には、そのときに名前を付けることが出来ますが、
私達が存在する以前からこの地球上に存在していた、生きもの達の過去から現在までの
変化を辿りながら解明してゆく苦労は、想像以上に大変な作業
だと思います。多くの人は、その行為を「好きだからできること」という一言で、その功績に目を向けることは、
あまり無いかもしれませんし、一部には、売名行為や不当な名誉欲によって歪んでしまった
学識者の行為に、裏切られた想いを抱く事もあるかも知れません
。おまけに地球上では「名前」があっても既に絶滅し、名前しか残っていない生きもの達と
その「名前」を付ける間もなく絶滅してゆく生きもの達とが混在していることも現実です
。それでも、こうして多くの人が、「名前」によって様々な活用が出来ることを考えるとき
その苦労は、「好きだから」以上の「多くの人のために役立てたい」という理念がなければ、
引き継がれてゆくことは無いと信じているのです。
この小さな草花達のように、主張することも無く、ただ黙々と、生存することの積み重ねが
つながり合う生態系をつくり出しているように、
こうして私の手元で開かれる図鑑
の一枚一枚が、多くの人々へと知識を繋げて、もしかしたら、そこから新たな発想や自然への理解を深め
地球環境を保全することの本質へと導いてくれるかもしれません
。
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「名前」は、そのように多くのことを導き出すことの「核」になる大切なもの
そして、そのための果てしない作業には、素直な感謝の想いを抱かずにはいられないのです
。
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