2007年01月04日

命どぅ宝(命こそ宝)

いつもの年以上に、暖かく感じる正月の三が日が過ぎて

仕事始めの今日は、小雨の降り出しで始まりました。

勤めのない今の私には、無縁の仕事始めですが、

久米島に来る前の私は、老人病院で長い期間、医療事務をしていました。



入院係になってから、看護婦さんやお医者さんに混じって患者さんのカルテから、

請求業務に必要なデーターを拾い上げるために、

一日の大半をナーススティションで過ごすことができ、

医療現場が技術だけでなく心の現場だということを、目で見て肌で感じ、

身にしみて学んだことが、今でも貴重な経験となっています。

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病院には、独特な匂いがあります。

介護と医療が今のように分かれる以前の老人病棟での記憶には、

排便や排尿のすえた臭いと、それを覆い隠すような消毒薬の臭い、

週に3回の入浴日の湯気と石鹸の匂いが、哀しく漂っていました。

その上、医療制度の分業化により特別老人病棟という病室に入院してくるお年よりは、

治療して元気になって退院してゆくことができる患者さんはほんの一握り、ほとんどの方は、

一月から三ヵ月の最後の時を、ここで過ごして、遥かな場所へと旅立っていかれました。



そんな日々のある日、大学病院から一年間の研修として、A先生が配属されてきました。

思慮深げに振舞うA先生は、今までお会いしたドクターの印象とは違い、

他の先生方とのお付き合いもあまりなさらず、休みもあまり取られずに

ナースステイションで、カルテを見ているか、病室の患者さんを診ているかの毎日でした。

こんなに熱心な先生ですが、技術を習得することがなかなか不得手で、

年を召されて血管や骨が脆い患者さんの、注射針を血管に深く刺して貫通させ出血させたり

浅く射して皮下に液を漏らし、患者さんに激痛を与えてしまう事もしばしばありました。

熟練の看護婦さんには、手馴れた処置も、

A先生には、時間のかかる神経の磨り減る作業のようでした。

正直に言えば、思いやりのない看護婦さんや、ドクターでも、卓越した技術を持っていれば

てきぱきと、仕事をこなし患者への負担は少ないため優秀だと感謝されます。

けれど、A先生は、やさしく熱心な対応にも拘らず、次第に患者さん以外の

ほとんどの病棟の看護婦さんや介護人から、軽くあしらわれるようになっていきました。

私自身、A先生のカルテを写し取るのに苦労していたため、

A先生の移動の日を、何時しか待ち望むようになっていました。

こうして一年が経ち、今日と同じ、年が明けた仕事始めの日の夜、

残業になってしまった私は、危篤状態のおばあちゃんの臨終を看取る

A先生の一部始終を、ナーススティションからうかがい知る事になったのです。

身寄りのないそのおばあちゃんは、市から支給される医療保護手当てを目的に

病院に収容されていました。

100年近く動いてきた、おばあちゃんの身体は、少しずつ全ての力を失っていこうとしています。

既に、手を尽くしようのないと判断している看護婦さんや主治医は、病室を後にしていましたが

A先生は、見取る身内のいない、老婆の逝くのをたった一人、引きとめようと必死で、

手当てを尽くしています。

やがて、気管切開をしたチューブに酸素を送る息苦しい機械の音が、

「アンマーヨー、アンマー」(お母ーさん、お母さん)と心細げに空に差し出す両の手と

びっくりするほど大きなおばあちゃんの声に遮られると

孫ほども年の離れたA先生は、おばあちゃんの差し出された細い腕をさすり

声を、嗚咽に押し殺しながら、ボトボトと音を立てるほど大粒の涙を流しているのです。

私は、まだ20代で、100歳近い年齢の老婆が、母を慕い求める激しい叫びに

今まで信じていた道理というものが覆されたような不可解さと、

激しい動揺で立ちすくんでしまいました。

声も出せなくなる最後の最後になると、手の尽くせない自らを謝るように、

A先生は、沢山の時代を生きてきたおばあちゃんの手を労うように、

うっ血した注射や処置痕をガーゼで拭き取ったあと、やさしくやさしく長い時間さすっていました。

暗い廊下には、別の病室から聞こえてくる機械の音が、再び流れています。

翌日、目を真っ赤に泣き腫らしたA先生は、いつもと同じように、

主治医の指示をカルテで確認して、病室の患者さんを診に行きました。

時が経ち、母となった現在、私はあの日の、A先生を思い出すことで

多くのことを教えてもらっています。

A先生は、医療仲間の心無い言葉や冷たい対応を、

気にする素振りを見せずに患者さんには、やさしく対応していました。

技術を磨くことは、人一倍の時間と努力が必要なA先生ですが、

医者としての資質は素晴らしい方でした。

きっと、A先生自身が、そのことをご存知だったのだと、今では確信しています。

そして、もうひとつ、A先生が、苦手な技術を獲得して行けたのは、

痛い想いをしても笑いながら手を差し出すおじぃーや、おばぁーはもちろんですが、

A先生のフォローに付いていた婦長さんや院長先生をはじめとする周りの人々の

冷たい対応だけではなく、時折あったはずの思いやりのある厳しくて優しい場面が

A先生を励ましていたのだということも、間違いないことだと解ります。



私たちの地球環境は、私たち人間の自然への関わり方によって様々に変化してきました。

その地球を生命にたとえるならば、極端な両方向を含め様々な可能性を秘めながら

それはまちがいなく螺旋を描くように一定の方向に進んでゆくことでしょう

その最悪の一時を知ったからといって、全ての答えに到達したと早合点し、

抗うことを空しく無意味なものだと、結論し諦めてしまうことは危険です。

生きるための真摯な努力を逃れるために、気楽な生き方だけを

状況によって免罪符にしたい気持ちや、優れた人にしか、

生きる資格も本質も捉えることはできないと考え、その努力を、

自分自身はおろか、他人にさえも許さないことで、ごまかそうとしている狡さに、

時を重ねる毎日の暮らしの中で、人と自然の命の温かさの中から、

少しずつですが、私は教えられ、気づき始めることができました。



私たちは、抗えない遥かに向かって生きようとしています。

でも、その道程は、様々な命との出会いの積み重ねの中から、

確かな価値観が積み上げられてゆき、

自らを育むように生きて行くことで、新たな価値を生み出すのだと思います。

「生きているって素晴らしい。」と心から思えるように、

遥かな旅立ちのその日まで、しっかりと生きることが、

もしかしたら、私達のなすべきことなのかもしれません。

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やし 写真に登場した生きものは、
  上から、オオムラサキシキブ、ミサゴ、ハマニガナ、オカヤドカリの足跡です。



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この記事へのコメント
私達が地球の為に何かできる事を考えなければ・・
と思い、クリック募金を毎日頑張っています。
クリック募金をみんなが知り、ネットをつけたら、募金するクセをみなさんがつけてくれればなぁと思い、
ネットの掲示板に呼びかけを手伝っています。
良かったら、こちらのHPでも宣伝してくれると嬉しいです。

http://www.dff.jp/
http://www.andativa.jp/eco/index.html

海外のクリック募金が沢山紹介されています。
http://thanks.7jp.net/bokin/
Posted by ゅか at 2007年01月05日 12:55
ゆかさん、コメントありがとうございます。
お知らせ頂いたクリック募金の会員登録を済ませて、
急いで、記事の中にバナーを貼りました。

現在、このブログでのサイドバナーの方法がよく解らないため、
問い合わせていますが、できれば、サイドに固定して張り出したいです。
(そのほうが、見やすいですよね!)

貴重なご連絡、大変感謝いたします。
私も、遅まきながらネット募金もがんばります!
Posted by satou-n at 2007年01月05日 15:30
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします。

今年は、始まりから雨が多いようです。熊本も雨と曇りの日々です。

オオムラサキの実を初めて見ました。熊本にもあるようですが、まだ出会うことができないようです。
そちらにはたくさんあるのでしょうか。
ハマニガナも初めて見ました。
Posted by さえちゃん at 2007年01月05日 20:26
さえちゃん、あけましておめでとうございます。
こちらこそ、今年もよろしくお願いします。

オオムラサキシキブの美しい紫は、みどりの森を、
品のある静かな風景に変えてくれますし、
砂浜の間から顔をのぞかせるハマニガナの黄色や
オカヤドカリのラッセルは、海岸のゴミを拾う私たちを励ましてくれます。

海原を雄大に飛ぶミサゴは、時折その素晴らしい狩りのテクニックを
見せてくれることもあります。(ラッキー!)

正月早々、おめでたい話ではありませんが、自然な命のいとしさを
生きもののたちの小さな命と重ねて、自らが感じていることを整理しながら
環境への活動を、これからもこのブログで書き綴っていこうと想っています。

昨年、ブログを始めて知り合えた、少数の人たちとの顔の見えない交流は、
ある意味、とても貴重なものだと感謝しています。

皆さんを支える暮らしの中での環境に対する真剣な思いは、
本当に様々で、学ぶことも多く楽しいものです。

「生きてるって、楽しいさぁ!」と、この一年も、さえちゃん初め
この環境ブログの仲間達が想えるように、そして少しでも多くの環境が
保全されることを、沢山の人々が願うことができるように、
これからも力をあわせて、がんばっていきましょう!
Posted by satou-n at 2007年01月06日 17:48
”命どぅ宝” 本当にそうですね~。
Posted by あぐり at 2007年01月09日 17:16
あぐりさん、コメントありがとうございます。

この『命どぅ宝』という、言葉の響き、想い、

まさしく ”ウチナー”を表現していると、私は、いつも誇りに想っています!
Posted by satou-n at 2007年01月09日 23:06
正月早々に、重たい話となってしまい、公開記事を出して
少々戸惑っていたその日の遅くに、記事を読んだと、連絡がありました。.

その方は,以前、大切な人を逝かせてしまった深い悲しみと、
医療関係者に対する言うに言われぬ怒りを払拭できずに
今日まで過ごしていたのかもしれません。

「泣いちゃったよ。」という言葉の奥底に、こわばっていた心に少しだけ
ですが、その方本来の穏やかさをとりもどせた、
喜びが溢れていたように想いました。
Posted by satou-n at 2007年03月15日 09:04
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