2006年10月26日
異国の地
「世界一美しいぼくの村」の
最後の一行を聴き終えたとき
アリモリソウの花に 涙の雫がおちてしまいました。

『その年の冬、村は戦争で、はかいされ
今はもうありません。』
小林豊「世界一美しいぼくの村」
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最後の一行を聴き終えたとき
アリモリソウの花に 涙の雫がおちてしまいました。

『その年の冬、村は戦争で、はかいされ
今はもうありません。』
小林豊「世界一美しいぼくの村」
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←クリックして応援お願いします!この話は、アフガニスタンの小さな村に住む男の子が、
戦争に行ったお兄さんの変わりに、お父さんと一緒に市場に物売りに行くお話でした。
遠く知らない国の日常の風景や習慣が、男の子の目線で語られると、
不思議なくらい、この行ったことも見たこともないアフガニスタンという国が
本来は、こよなく自然に溢れ豊かで美しい村であったことが、偲ばれます。
それを消し去るほど、戦争という酷い行為によって、焦土と化した残骸の痛ましい国。
その物語の中で、我が家と同じ空気の穏やかな日常を感じたとき
急にその異国の地が、身近で、そしてその国の過酷な運命に改めて
胸が締め付けられる思いでした。

久米島中杜を望む
最近、沖縄本島や石垣では、移住ブームの風に乗って
他県から多くの人が移り住み始めています。
マスコミの煽る「南の島の楽園」というキャッチフレーズは、
さぞや魅力的だったのかもしれません。
けれど、旅先での親切な対応や緩やかさと、実際に島で生活を共にするという時点からの、
カルチャーの違いは、とても大きく、様々な誤解を生じることがよくあります。
私達は、ほとんどの国の、どこのどんな所へも行くことができ
もちろん暮らすことも、出ることも、責任を果たせば自由にできます。
ただ、私達がそうして理想の居場所を探して暮らしても
この地で共に係わり合い共有してゆこうとする真剣な考え方もなく、
漠然とした憧れや、自己の満足感のためだけの暮らしかたでは、
この男の子のように世界一美しいという胸を熱くするような感覚で暮らすことは、
きっと、できないような気がするのです。
それは、ただ単に、そこで生まれ育ったからという単純なことではなく
日常の全てを受け入れた満足感、充実感にあふれた
暮らしそのものへの想いにあるような気がしたのです。
自然を含めた私達人間の暮らす環境は、
長い歴史の変遷を、今も尚、たどりながらここにあります。
気の遠くなるほどの、繋がりの過程をリレーのバトンを手渡すように
次の世代へと受け継いでいるのです。
その行く先は、現時点で生きている私達の生き方に左右されています。
暮らす場所を変える自由さの裏側には、
暮らすことへの真剣な努力の果てにたどり着ける確かな郷愁を得ることはできません。
自然環境への長く積み重ねてきた配慮のなさが、現在、様々な弊害として
私達の生活に降り注がれ始めてきました。
食の問題もゴミの問題も生態系の保全の問題も・・・。
一時的に逃げ込む場所は、いくらかまだ、のこされているかも知れませんが、
それも、ただの気休めにしかなりません。
それよりも、その環境の正しいあり方を、その地で、共に分かち合い関わってゆく
生き方にこそ、本当の暮らしがあり
そこに、「世界一美しいぼくの村」が存在するのだと思うのです。
沖縄や、久米島は、言葉も通じますし、食べ物も生活も外国ほどの違いは
ないかもしれませんが、やはり多くの本土の人にとっては、
基地を抱えたこの島の歴史認識の違いは、まるで異国の地のようではないかと思います。

歴史や文化の違いが直ぐに理解し合えるとは思いませんが、
できることならば、お互いを認め合いながら関わる生き方を選択したうえで
異国の地へ移り住むことを、考えてもらいたいのです。
それは、多くの先人が、決死で築いてくれた
この沖縄の自然と平和を守る担い手として、良き理解者として
あの物語のような最後の一行を、どこの小さな村にも、
起こしてはならないという強い想いを共有しながら
新たな時代を築きたいという、切なる希望を持っているからなのです。
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戦争に行ったお兄さんの変わりに、お父さんと一緒に市場に物売りに行くお話でした。
遠く知らない国の日常の風景や習慣が、男の子の目線で語られると、
不思議なくらい、この行ったことも見たこともないアフガニスタンという国が
本来は、こよなく自然に溢れ豊かで美しい村であったことが、偲ばれます。
それを消し去るほど、戦争という酷い行為によって、焦土と化した残骸の痛ましい国。
その物語の中で、我が家と同じ空気の穏やかな日常を感じたとき
急にその異国の地が、身近で、そしてその国の過酷な運命に改めて
胸が締め付けられる思いでした。

久米島中杜を望む
最近、沖縄本島や石垣では、移住ブームの風に乗って
他県から多くの人が移り住み始めています。
マスコミの煽る「南の島の楽園」というキャッチフレーズは、
さぞや魅力的だったのかもしれません。
けれど、旅先での親切な対応や緩やかさと、実際に島で生活を共にするという時点からの、
カルチャーの違いは、とても大きく、様々な誤解を生じることがよくあります。
私達は、ほとんどの国の、どこのどんな所へも行くことができ
もちろん暮らすことも、出ることも、責任を果たせば自由にできます。
ただ、私達がそうして理想の居場所を探して暮らしても
この地で共に係わり合い共有してゆこうとする真剣な考え方もなく、
漠然とした憧れや、自己の満足感のためだけの暮らしかたでは、
この男の子のように世界一美しいという胸を熱くするような感覚で暮らすことは、
きっと、できないような気がするのです。
それは、ただ単に、そこで生まれ育ったからという単純なことではなく
日常の全てを受け入れた満足感、充実感にあふれた
暮らしそのものへの想いにあるような気がしたのです。
自然を含めた私達人間の暮らす環境は、
長い歴史の変遷を、今も尚、たどりながらここにあります。
気の遠くなるほどの、繋がりの過程をリレーのバトンを手渡すように
次の世代へと受け継いでいるのです。
その行く先は、現時点で生きている私達の生き方に左右されています。
暮らす場所を変える自由さの裏側には、
暮らすことへの真剣な努力の果てにたどり着ける確かな郷愁を得ることはできません。
自然環境への長く積み重ねてきた配慮のなさが、現在、様々な弊害として
私達の生活に降り注がれ始めてきました。
食の問題もゴミの問題も生態系の保全の問題も・・・。
一時的に逃げ込む場所は、いくらかまだ、のこされているかも知れませんが、
それも、ただの気休めにしかなりません。
それよりも、その環境の正しいあり方を、その地で、共に分かち合い関わってゆく
生き方にこそ、本当の暮らしがあり
そこに、「世界一美しいぼくの村」が存在するのだと思うのです。
沖縄や、久米島は、言葉も通じますし、食べ物も生活も外国ほどの違いは
ないかもしれませんが、やはり多くの本土の人にとっては、
基地を抱えたこの島の歴史認識の違いは、まるで異国の地のようではないかと思います。

歴史や文化の違いが直ぐに理解し合えるとは思いませんが、
できることならば、お互いを認め合いながら関わる生き方を選択したうえで
異国の地へ移り住むことを、考えてもらいたいのです。
それは、多くの先人が、決死で築いてくれた
この沖縄の自然と平和を守る担い手として、良き理解者として
あの物語のような最後の一行を、どこの小さな村にも、
起こしてはならないという強い想いを共有しながら
新たな時代を築きたいという、切なる希望を持っているからなのです。

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