2006年10月14日
黒いヘビ
まるで、この島だけが、
違う時を刻んでいるのかと錯覚を起こしてしまいそうな
明るい木漏れ日の中

「黒いヘビを捕まえたので持っていきます。」と、ホタル館へ連絡がありました。
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違う時を刻んでいるのかと錯覚を起こしてしまいそうな
明るい木漏れ日の中

「黒いヘビを捕まえたので持っていきます。」と、ホタル館へ連絡がありました。
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←クリックして応援お願いします!予想通り、持ち込まれた黒いヘビはガラスヒバァ。ガラサー(カラス)色(黒色)をしたヘビ。
沖縄島の方言が、そのまま和名に採用されています。
他にも、ハブ、アカマタ、ハイなども方言ですが、そのまま標準和名として使われました。
この島では、ガラヘーバァーと呼んでいる全長70cmほどの
目のクリクリッ
としたかわいいヘビです。

最近、毒があることが判ったため、一応毒蛇とされていますが、咬まれた症例がほとんどなく
主にオタマジャクシやカエル、ヤモリなどを食べるおとなしいヘビです。
ヘビを持ち込んだ男性3人に、捕獲場所と状況などを聞きながら
ホタル館を案内していると
「最近見かけないなぁ。」
「これも、久米島にいるのぉ
」と、少年のように
むじゃきに水槽の生きもの達を眺めています。
「自分が子供のときは、結構トカゲとかで遊んだけど、名前が分からないから
今、子供に聞かれても答えられない、だから、子供を山に連れて行かないさぁー。」
「俺、カメは、みんな海に棲んでると思って、ヤマガメ拾って海岸に連れて行ったことがあるよぉ。」
「あいやぁーなんでぇー。」

本当に、ホタル館では子供心や子供の頃の思い出が蘇えって来るようです。
自然の世界の共有感は、過去の体験からも、初めての体験にも揺るがない深みがあります。
小さなアクアリウムの世界から、呼び起こされる記憶の反すうを持つことができるうちに
次世代への継承を行うことで、この島ならではの自然観というものが大切にされます。
地方の都市化が、開発という形で押し寄せ、コンクリートやアスファルトの構造物が、
集落を飲み込み、野道や小川、川べり、砂浜、海岸や山の隅々に至るまで狂信的ともいえるほど
自然物を人工構造物へと置き換えていきました。
経済活性化最優先ということで、その過程を推し進めました。学校教育やマスメディアも、
一緒になって世代を問わず、沖縄では、開発もインフラ整備も学歴向上も・・・ヤマトー並に、
追いつけ追い越せといった風潮と価値観がどんどん浸透していきました。その過程で、
自然環境だけでなく、大切な自然と人との共生の場(里地里山)さえも失われてゆき、
結果として、方言や慣習、お祭り、地域行事といった風土や文化に関わる大切な生き方、
共生感の伴う生き方などが、最新の都会の感覚へと置き換わっていきました。
子供時代を、昔ながらの環境の中で過ごした経験、体験を持つ世代は、
まだ、深く記憶に残っているので、自らの手で復活再生への道を手がけることができますが、
それがなくなってしまえば、、まったく手探り状態となります。
天然のタイドプールの澄み切った水や
日差しを避けて涼を呼ぶ樹木の陰、
夜を照らす月の明かり、風にのってまとわりつく花の香りなど
それらは、黙っていても多くの人が、共有できます。

けれど、森で拾ったシイの実を、口に入れてほおばれば、
見ていたときよりも遥かに深い自然を感じることができるのに、
食べ方どころか食べられるのかさえ解らなくなってしまうことで、
その土地ならではの、自然の魅力を半減させていくのです。
捕まえたガラスヒバァを、名前はおじぃーから聞いたことがあるけど、見たことが無かったからと
ホタル館に持ち込んでいただいたことで、
途中で切れていた彼らの記憶を呼び覚ますことができました。
これからは、このヘビを黒いヘビとしてではなくガラヘーバァー(ガラスヒバァ)という、
毒はあるけど、おとなしいヘビだと自分の子供達に伝えてゆくことができると、皆で笑いあいました。
ホタルは、沢山の生きもの達が生息する環境で生きています。
ホタル館では、その中のほんのわずかな生きもの達に、
自然環境を伝えてもらおうと、飼育されています。
久米島の自然環境が、私達にもたらせてくれた恵みは、物だけではない事を、
なによりもこの島に暮らす人々は知っています。

オキナワスダジイの実(どんぐり)
そのことに気づくことができれば、
この時代のなかで、本当に恵まれた幸せな時間を、この島は育んでくれます。
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沖縄島の方言が、そのまま和名に採用されています。
他にも、ハブ、アカマタ、ハイなども方言ですが、そのまま標準和名として使われました。
この島では、ガラヘーバァーと呼んでいる全長70cmほどの
目のクリクリッ
としたかわいいヘビです。
最近、毒があることが判ったため、一応毒蛇とされていますが、咬まれた症例がほとんどなく
主にオタマジャクシやカエル、ヤモリなどを食べるおとなしいヘビです。
ヘビを持ち込んだ男性3人に、捕獲場所と状況などを聞きながら
ホタル館を案内していると
「最近見かけないなぁ。」
「これも、久米島にいるのぉ
」と、少年のようにむじゃきに水槽の生きもの達を眺めています。
「自分が子供のときは、結構トカゲとかで遊んだけど、名前が分からないから
今、子供に聞かれても答えられない、だから、子供を山に連れて行かないさぁー。」
「俺、カメは、みんな海に棲んでると思って、ヤマガメ拾って海岸に連れて行ったことがあるよぉ。」
「あいやぁーなんでぇー。」

本当に、ホタル館では子供心や子供の頃の思い出が蘇えって来るようです。

自然の世界の共有感は、過去の体験からも、初めての体験にも揺るがない深みがあります。
小さなアクアリウムの世界から、呼び起こされる記憶の反すうを持つことができるうちに
次世代への継承を行うことで、この島ならではの自然観というものが大切にされます。
地方の都市化が、開発という形で押し寄せ、コンクリートやアスファルトの構造物が、
集落を飲み込み、野道や小川、川べり、砂浜、海岸や山の隅々に至るまで狂信的ともいえるほど
自然物を人工構造物へと置き換えていきました。
経済活性化最優先ということで、その過程を推し進めました。学校教育やマスメディアも、
一緒になって世代を問わず、沖縄では、開発もインフラ整備も学歴向上も・・・ヤマトー並に、
追いつけ追い越せといった風潮と価値観がどんどん浸透していきました。その過程で、
自然環境だけでなく、大切な自然と人との共生の場(里地里山)さえも失われてゆき、
結果として、方言や慣習、お祭り、地域行事といった風土や文化に関わる大切な生き方、
共生感の伴う生き方などが、最新の都会の感覚へと置き換わっていきました。
子供時代を、昔ながらの環境の中で過ごした経験、体験を持つ世代は、
まだ、深く記憶に残っているので、自らの手で復活再生への道を手がけることができますが、
それがなくなってしまえば、、まったく手探り状態となります。
天然のタイドプールの澄み切った水や
日差しを避けて涼を呼ぶ樹木の陰、
夜を照らす月の明かり、風にのってまとわりつく花の香りなど
それらは、黙っていても多くの人が、共有できます。

けれど、森で拾ったシイの実を、口に入れてほおばれば、
見ていたときよりも遥かに深い自然を感じることができるのに、
食べ方どころか食べられるのかさえ解らなくなってしまうことで、
その土地ならではの、自然の魅力を半減させていくのです。
捕まえたガラスヒバァを、名前はおじぃーから聞いたことがあるけど、見たことが無かったからと
ホタル館に持ち込んでいただいたことで、
途中で切れていた彼らの記憶を呼び覚ますことができました。
これからは、このヘビを黒いヘビとしてではなくガラヘーバァー(ガラスヒバァ)という、
毒はあるけど、おとなしいヘビだと自分の子供達に伝えてゆくことができると、皆で笑いあいました。
ホタルは、沢山の生きもの達が生息する環境で生きています。
ホタル館では、その中のほんのわずかな生きもの達に、
自然環境を伝えてもらおうと、飼育されています。
久米島の自然環境が、私達にもたらせてくれた恵みは、物だけではない事を、
なによりもこの島に暮らす人々は知っています。

オキナワスダジイの実(どんぐり)
そのことに気づくことができれば、
この時代のなかで、本当に恵まれた幸せな時間を、この島は育んでくれます。
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この記事へのコメント
蜻蛉追いをしていた故か、ヘビというのはとても表情が豊かでありました。
亀とか蜥蜴にはないものが。
目こそ開けっ放しですが、
猛暑だと木陰のせせらぎの石を枕に寝る(目は開けたまま)。
目の前で掌をぱらぱら振っても反応がないので、「寝てるのか」と分かりました。「これ、起きるのかな」と、ポンポン叩いてやったら「はっ」として(笑)。
この方はじむぐりでした。
乾燥してると、シッカリ水を飲みに来ました(人と同じなんですね)。
真横から首だけすっと出たので、泳ぎたいのか知らんと見ていたら、
あ!!ちょろちょろ舌だけ使って。
水飲みたかったのか!
この方は確かしまへび。
うららかな春、芝生の真ん中で日向ぼっこしてました。
知らずに近寄ったら、全身(笑)を緊張させているため、
さしばじゃないから食べないよ、お邪魔でしたなぁ
この方は青大将だったです。
ぐっと丸まって、チリリとかのややコワイ方も(稀に)いますが、
別にお酒に漬けたりしないから、ちょっとどいて下され。
(あのぉ 向こうに行きたいんですけど)
といった経験など、またしたいです。
さっぱりいなくなってしまうと、そう思ったりしております。
亀とか蜥蜴にはないものが。
目こそ開けっ放しですが、
猛暑だと木陰のせせらぎの石を枕に寝る(目は開けたまま)。
目の前で掌をぱらぱら振っても反応がないので、「寝てるのか」と分かりました。「これ、起きるのかな」と、ポンポン叩いてやったら「はっ」として(笑)。
この方はじむぐりでした。
乾燥してると、シッカリ水を飲みに来ました(人と同じなんですね)。
真横から首だけすっと出たので、泳ぎたいのか知らんと見ていたら、
あ!!ちょろちょろ舌だけ使って。
水飲みたかったのか!
この方は確かしまへび。
うららかな春、芝生の真ん中で日向ぼっこしてました。
知らずに近寄ったら、全身(笑)を緊張させているため、
さしばじゃないから食べないよ、お邪魔でしたなぁ
この方は青大将だったです。
ぐっと丸まって、チリリとかのややコワイ方も(稀に)いますが、
別にお酒に漬けたりしないから、ちょっとどいて下され。
(あのぉ 向こうに行きたいんですけど)
といった経験など、またしたいです。
さっぱりいなくなってしまうと、そう思ったりしております。
Posted by 川逸 at 2006年10月14日 21:23
川逸さん、日本文学の香りが漂うコメントありがとうございます。
いつもながらに感心するのは、その若さで、この感性には
何よりも沢山の生きもの達との出会いが詰まっているのでしょうね。
少し、寂しい繊細さには、意図せぬ別れがあったからと、
同じような切なさを感じます。
でも、きっと、川逸さんも私のようにsatou-fのバイタリティに引っ張られて
えんやこらと舟を漕ぐのですよ、未来へ向かってね。
それもなかなか、オツナモノデス(笑)
いつもながらに感心するのは、その若さで、この感性には
何よりも沢山の生きもの達との出会いが詰まっているのでしょうね。
少し、寂しい繊細さには、意図せぬ別れがあったからと、
同じような切なさを感じます。
でも、きっと、川逸さんも私のようにsatou-fのバイタリティに引っ張られて
えんやこらと舟を漕ぐのですよ、未来へ向かってね。
それもなかなか、オツナモノデス(笑)
Posted by satou-n at 2006年10月17日 00:15






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